2020年12月30日水曜日

川原正敏の作品はいつから幼児化しだしたのか

結論から書くと、2008年。海皇紀37巻から38巻あたりのマリシーユが登場してから。

川原正敏自身が若かった頃を幼いとは評さない。修羅の門から数えたとして、徐々に作者と作品が成長して、アメリカボクシング編の中盤あたりから少年漫画では持て余す人生観を描くようになった。

個人的には、絵柄と思想のピークは修羅の門(レオン)、修羅の刻(義経)、海皇紀(ソルとの決戦まで)だと考えている。少年漫画なりのかっこつけはあるにせよ、もともと伝統や歴史を題材にしてるので、あくまで数ある中の断片として必死に生きている、という自覚と挑戦の精神年齢が高かったと考えている。

それが、マリシーユ以降、軽口を叩きながら核心を知ってる大人ではなく、ただの自己陶酔ラノベのようになってしまい、修羅の刻も段々と年齢設定とは異なる精神年齢の退行が見られる。どうしてこうなってしまったのだろうか?

特に海皇紀は意図して登場人物の年齢が高め、いずれも成人を前提としているのに、30前後の人物が小学生みたいに振る舞うのが気持ち悪い。川原正敏が疲れてしまったのか、若年読者を得ようとしたのか。わからない。

自分は項羽と劉邦は序盤だけで現在は読んでいない。修羅の刻は半ば惰性で読んでいる。それでも、戦闘と題材と一部の思想には同意するし、その点は今でも素晴らしいと思っている。特に戦闘の間合いの扱いや、少年漫画的な必殺技にそわない玄人的な業(わざ)を見せ場にする感覚と描写。

女が幼いのは、ある意味でしょうがない。男を立てるための脇役として必要悪なのはわかる。しかし、マリシーユ以降、あるいは修羅の門2ndから未熟な女と成熟な男ではなく、未熟な男を無理に立てる幼稚な女、という形になってしまい、自分には耐えられなかった。

マリシーユ初登場前後は、まだ精神年齢を維持していたように思う。ちゃらちゃらしながら真面目な様式としてわかる。舞子の母親の件もそう。

しかし、マリシーユ以降、海皇紀の終盤、そして修羅の門2ndはもう見るに耐えない。命をかけたやりとりの中でくそくだらない冗談や自己陶酔を描かれると、吐き気と失望しかない。

これらの問題が、体力なのか本音なのか諦めなのか、自分にはわからない。彼との付き合いは長く、一時期は生涯の作家とも評価していた。それが思想を徹底するわけでもなく、読者に媚びた上で若者作品ほどに支持を得られていない半端な状態を見てると悲しい。

今の彼には陸奥の初代を描いてほしくない。彼自身の情熱が読者を置いていくくらいの作品を彼が再び描けるようになったら、その時には代表作、あるいは作家の完結として描いてほしいし、読みたいと思う。

彼の再起を願っている。