2018年10月26日金曜日

【遊びと人間】分類

分類

※81p
【競争】【偶然】【模擬】【眩暈】
対戦確率/統計演技/仮装肉体的限界
【偶然】は人間的であるという指摘には驚いた。
パチンコのように経済的な要素を排除したら当人不要の無知無能が反復する対象だと考えていたが、1周して、長期的に取り組めば、統計/確率の対象になるので、極めて知性的であると。
肉体的な挑戦という意味で、楽器演奏は眩暈に入るのだろうか。
最近、読書は知識の獲得以外に、そもそも眩暈の要素があるのではないかと思う。
ビデオゲームを好きなのに、運動を好きなのに読書しない層は一定数いる。
かつて自分もそうであった。
しかし、視覚的、肉体的な運動を好むなら、読書の恩恵も気づくべきである。
読書は、一見して動きがないが、見開き2頁の情報を、言葉を暗記する以外に、文字の位置、座標として把握する、縦STGや格闘ゲームのような処理能力が必要であり、応用できる。
遊びは、その項目自体の魅力もあろうが、本書にもある通り、人類に必須の応用を繰り返す、生き様であり、いよいよ根拠と結果がわかってきた現代的な認識において、遊びというくくりに限界があるように思う。
結局はリソースの管理、損得の理解なのだから。