2021年1月1日金曜日

「紛争でしたら八田まで」攻殻機動隊やMASTERキートンの後継者

常に、漠然と、知識と発想と描写と情熱を持ち合わせた作品を探していて、世界(WEB)をうろちょろしてたら見かけたのが本作。美少女を撒き餌に地政学を扱った蘊蓄漫画。

これを書いてる時点では2巻までを読んだだけだが、面白い。

撒き餌の美少女、題材の深刻さに反して失敗の強姦や意図したセックスでの突破が無い日本漫画の限界など、ある意味でナイロビの蜂と同じ作品なのに、何故そこらで踏みとどまってしまうのか?といった不満はあるが、逆に、絵柄や作風の軽さに反して内容や意図の芯は明確で、好き嫌いの幅はあれど、作品自体を拒むほどの問題は何も無い。

地政学など蘊蓄とは別に、単純に漫画として「天才だ!」「バケモノめ!」「ありえない!」など頭の悪い煽りが無い。本作はやたらとプロレス技を多用する趣味が丸出しなのに、プロレスのような段取りだけをまっとうして、天才を引き立てるための過剰な格下が存在せず、あくまで格差を認めながらもそれぞれの立場をまっとうさせている誠実さがある。まさにプロレス。

蘊蓄を詰め込まない

読んでいて違和感があったのは、蘊蓄漫画なのに余白が多い。1頁が全部文章みたいな漫画もあるのに、本作は手抜きとは異なる余白が目立つ。意図して詰め込まない、いたずらに文字数を増やさない努力が伺える。

例えば、上記画像は本作の先駆的な作品MASTERキートンだが、漫画としてよく整理されてるが、もはや文章を読む展開になってしまっている。これは蘊蓄漫画の功罪で、これが佐藤大輔や京極夏彦のように最初から文章だけなら良いのだが、漫画だと反作用で疲れてしまう。

さて上記画像は本作だが、同じ構成ながら、明らかに余白が多いのがわかる。情報を持ちながら、最初からそれを全部吐き出す気が無い。これはインターネット時代の漫画だから出来るのだろう。気になった時点でggrksということなのだ。

原作の攻殻機動隊

自分自身も数ある好評と同じくMASTERキートンを挙げたが、第一印象としては攻殻機動隊の原作の正統後継者が現れたな、というものだった。あれは詰め込めるだけ詰め込んだ作品でエログロもあり、本作よりも先鋭的であるが、美少女を使うそれなりの口実もあり、作品で扱われる問題を使い捨てず、かといってそれらが作者や読者の全てだと思い上がらない線引きがあり、結果として作品を読んだだけで読者が終わらないものになっている。

その点では、作風や題材や絵柄は異なるがハクメイとミコチにも近い。ある環境や状況を描き出して、それが人格や行動に直結するのであって、殊更人格や自己愛を中心に増長するものではない大人の精神。

ところで、本作には小さな不満もある。ハクメイとミコチ北北西に曇と往けにも通じるが、環境や状況こそが作品の主題であるからこそ、そこに登場する料理などにいちいち解説や字幕を表示する。これは蘊蓄系漫画で本当にやめてほしい事。これらは作品の現実感をそぐ事になる。作り物を押し付けられてる感覚になる。こういった情報は単行本の巻末に注釈を書けば良いのであって、わざわざ絵の横に書くものではない。映画などでも、地名を看板などを撮影せずに字幕で表示する類の演出が多用されるが、あれは手抜きに他ならない。基本的に作者の努力が見える作品ほど、これがあると「なぜそこで妥協した」と手抜き作品よりも強く違和感があるので、やめてほしい。

平野耕太

題材もだが、シリアスとギャグの垣根が無い連続体としての描写や絵柄は、平野耕太を思わせる。日本では受け入れがたい海外のスラングを日常用語として多用し、それにひるまない女という意味でも。

不思議なのは、作品を読む限り、作者には分野でこじらせた感じが全くしない。いわゆる分野オタクが持て余した増長を作品にしたのではなく、朝食を自作するかのように面倒がらず自己陶酔もなく社会的な問題や題材をしれっと描いてるように見える。

だから、日本の悪癖である美少女という売女になじめない読者でも割と抵抗なく読める。国際事情を題材としているから登場人物も多様だし勧善懲悪でもない。登場人物の善意や解決の結果が明らかな御伽話だとしても。

本屋で見当たらない

現在、自分が金を出してまで継続して読む漫画はジョジョリオンヒストリエだけで、本作が荒木飛呂彦や岩明均のように作者にとっても読者にとっても生涯に続くものであるのか、現段階ではわからない。しかし、少なくとも1度読んで売っぱらうような類の作品ではなかった。また、作者は43歳で本作メジャデビュウらしいが、そういう意味ではゴールデンゴールド(刻刻)にも似たものがある。自我よりも作品。そして、内容や品質に反して消費者があまりに少ない点も。

自分は本作を知ってブックオフに行ったら置いてなかった。中古なのだから在庫変動が激しく入手不可能なのも当然で、それならばと本屋に向かったが講談社の枠に1冊も無かった。地政学ではないが、行動経済学でいうフレーミングに振り回される市場も問題だなあ、などと日常的に思考する類の読者には、本作は向いてる。

蘊蓄漫画にしては蘊蓄は少なく、萌え漫画にしてはサービス不足で、正直なところ半端な印象はぬぐえないが。