ネットフリックス、世界の会員2億人突破 現金収支均衡へという記事を見た。武漢ウィルスの影響もあり好調なのは結構な事だ。
自分もVODは幾らか利用する。現在において無視できないメディアなのは間違いない。しかし、月に500円から1000円程度を払う程の価値があるのだろうか?
自分は現在0.25mmのボールペンを利用しているが、少なくともVODよりも明らかに有益だと実感している。
アニメや映画が人生に影響を与える事はある。それは間違い無い。しかし、それらの経験を生涯に渡り有益だと言える程にアニメや映画を見るだろうか? または見てるだけで記憶や応用が可能だろうか?
実際にはボールペンに限らないが、細い筆記具を使うと、まず書く面積に困らなくなる。A6程度でも単語じゃなく文章を書けるし、そこらの紙きれにも構えずに書ける。すると、VODの情報をいつでもどこでも書けるようになるが、VODに自分の何かを反映させる事は不可能である。その点でVODと筆記具の優先順位は自明である。
自分に限れば、紙の面積(大きさ)を気にせずに書けるようになって、書く時間も量も明らかに増えた。
以下はA6に書ける0.25mmの文量の例。
文章に限らず絵画でも楽譜でも何でも書けるし、書けば良い。
当然ながら、VODと筆記具の両方に金を出せる人間は、そうすれば良い。
携帯電話を筆記具に使うのも1つだし、そもそも細いボールペンとVODを対立させる意味が無い。
あえて対立として書いたのは、「何となく」の経路依存やフレーミングに甘んじて無頓着な行動による貧しい結果を招いていないか、という事。「好き嫌い」「面白いつまらない」などと見なくても言える反応のために時間と金銭を費やす事に疑問はないのか、改善すべきではないのか? という疑問がある。
例えばSUB|書き写すだけでOK!初心者でも簡単な読書ノートの書き方の彼女など、察するに彼女は読むのが好きなのではなく書くのが好きなのではないか。おいしい料理を作るためにはおいしい料理を食べる必要があるが、おいしい料理を食べるだけならおいしい料理を作れる必要は無い。そして前者は後者の上位互換である。ならば、どちらを選ぶべきかは自明である。
アニメや映画が人生に影響を与える事はある。それは間違い無い。しかし、その時間と金銭は、他の人生の価値と比較し検証し挑戦した上で選んでるのだろうか?
月500円程度のVODと、1本200円程度のボールペン、何がどう人生に影響するかは個人により異なるが、まず何が異なり何が必要で何が不要か。これらの選択や行動や自由があるのか、何をもたらすのか。
以上を踏まえると、動画配信サービスに金を出すくらいなら細いボールペンを買ったほうが人生は豊かになる。
これは確信を持って断言出来る。