- 目的は「いつか輝く」
- → 他の曲は知らなかったので、ついでに聞こうと購入。
- 5/11曲が羽毛田丈史だった。
- 演奏者がクレジットされてない。
- → 最低でも、[ベース/ギター/ドラム/コーラス]がシンセじゃないのにクレジットされてない。
- → シンセを好きで使うのではなく、シンセ使えば金使わなくてもそれっぽく出来るんだろ、という態度が伺える。
- いずれにせよ時代の傲慢さ。作曲や編曲や演奏じゃなく、プロデューサの目配せが時代に便乗する事しか考えていないように見えた。
無責任な結果論に過ぎないし、レイアースのタイアップから続かなかった点は厳しい。
しかし、1995年に小室を中心としたピーチクパーチクの裏で、菅野よう子は中国をやっていた。
※小室の曲で今でも自分のiTunesに数曲ある程度には、彼の音楽も肯定している
マクロスプラスではシンセ曲をやってるが、考え方が根本的にシンセ中心じゃないし、雑な穴埋めという感覚が無い。
当然だが、当時からジャズやクラシックが消滅したわけではないのだが、それらを自身の生涯(仕事)にどう活かしたかという話。
偶然に、自分のiTunesでは今回のCDの次が崎元仁の蒼穹紅蓮隊だった。
放置して流してたら、くそしょぼいサターン音源の音楽が流れてずっこけたのだが、数小節を聞くと、ちゃんと迫力と手間を感じられる。
上限を自覚しながら、やれる事をやりきってるのは、聞けばわかる。
つまり、分野の優劣ではないのだ。
そういう意味で、坂本真綾は本当に幸運だった。
エスカ起用は彼女のチカラだが、当時はまだ棒読みだった彼女が、菅野よう子の音楽により演技以外の仕事の幅が広がり、そして演技にも繋がるようになった。
仮に、吉成圭子がマクロスプラスのVoicesを歌っていたら、どうなっていたかと夢想する。
1995年と言えば、Protoolsのピッチ修正もまだまだ実用じゃなく、録音はSONYの48が主流で、丁度Protoolsに乗り換えるか否かという刃境期。
修正が困難だからこそ歌は歌手の実力9割という時代だった。
その時に、アイドル的な路線に限るとは言え、これだけ歌えていたのなら、まだまだやりようがあったのではないかと考えてしまう。
先日佐野康夫「ドラムレコーディングの流儀」を見たが、最後に「出会った全ての人に感謝」と極めて常識的で宗教的な終わりかたをして笑ったのだが、これは人類が死滅するまで続く、人類の問題であるのも事実。
演奏やミックスなどに不備は無い。
好き嫌いはあれど、間違いなく商品の水準に達している。
しかし、全体的に発想と実現性を煮詰めた感じは全くしない。
数ある若年消費を右から左に投げただけかと。
ただ古い音楽を気まぐれに聞くために買っただけなのに、色色と考えさせられた。
事実か不明だし、内容も知らないが、日本初のビデオ会報は笑った。