2018年11月8日木曜日

菅野よう子「星と翼のパラドクス」どれだけやる気と気遣いに溢れた曲なのかと感動した

星と翼のパラドクス
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菅野よう子×児玉雨子×chelly(EGOIST)座談会
今更、こういう曲や歌を素直に喜べるほどの歳ではないが、曲の好き嫌いはともかく、厨二シンセポップスながら耳が痛くならない隙間があって、ストリングスの抑揚が効いて、正直なところ、凄く凝った作りで感動した。

例えば、『LoL』発の女性チャンピオン4人のK-POPユニット「K/DA」デビューシングルが全世界でヒット中。ハイレベルな歌とダンスで多くのユーザーを魅了は曲の好き嫌いは別にして、それぞれ音色の鳴りかたが一定で抑揚が無い。
派手な音が派手なまま続いてる。

思えば、アニメ系で、彼女の影響を受けながら、明らかに彼女を継いだ作家が、今でもいない。
もはや彼女の名前だけで売れる時代ではないし、自分も熱心ではないが、似たような編成で似たような曲調があふれてる中で、演奏や録音を含めてここまで仕上がりに違いがわかる丁寧な仕事をしてるのは、感心する。

コード進行

パート拍子1小節2小節3小節4小節
サビa4/4AbEb/GFmAb/Eb
Bb/DEdimFmAb4/Eb
AbEb/GFmAb/Eb
Bb/DEdimFmGb
サビb6/8Db - CFm - EbmDbM7 - EdimEb4 - Ab
サビc4/4Dbm7Gb/DbAbBb/Ab
Dbm7Ebm7
int4/4DbM7(9)Eb4Ab/CFm
サビ大a4/4DbM7(9)Eb6(4)Fm7Fm7
DbM7(9)Eb6(4)Fm7Fm7 - Ab/Gb
サビ大b4/4DbM7(9)Eb6(4)Fm7Gb
DbM7(9)C/EFm7Ab/Gb
サビ大c6/8Db - CFm - EbmDbM7 - EdimEb4 - Ab
サビ大d4/4E/AbGb/AbAbBb/Ab
DbM7(9)
End4/4DbM7(9)Eb4Ab/CFm
菅野よう子はsus4を多用する。
コードにするとsus4だが、クラシック的には4度堆積和音であり、パワーコードの延長で使用される。
意図は2つあり、1つは長短コードから微妙に外れた違和感を作るため。
もう1つは、いつでも転調しやすくするため。
人間は、1をみたら2,3,4…、左と見たら右…上を見たら下…と、常に連続性を無意識に見いだす。
彼女は、そこを過剰なほど突いてくる。
sus4や多用されるテンションは、その連続性を維持しながら常に予想と快感を誘導するための順次進行の結果。
コードという考えよりも、3和音に絶え間なく順次進行の経過音を挟んだらテンションやsus4になった、という感じ。

特に顕著なのが、2m47sのラジオEQ部分。
メロはサビの繰り返しなのだがコード進行は以下。
AbAbM7Db/AbAb
Bb/AbBbdim/AbBbm7b5/AbBb7/Ab
主調であるAbから始まって、ベースは動かず。
3小節目のDb/Abは便宜上分数コードだが、Absus4(6th)的な、Abの中で3度と5度が順次進行してるだけ。
そして後半。
Abなのは変わらず、Abのテンション的な意味でBbがつけられ、そのBb自体が半音なり全音なりの順次進行してる。
その結果として、dim,m7b5,7th。

変拍子(6/8)

思春期が大好きな変拍子。
ぱっと聞いた時は2拍3連かと思ったが勘違い。
6/8拍子。
テンポ,クリックデータ的には何も変わらず、現場管理が容易ながら大きな餌としての変拍子。
順次進行とドミナント進行の教科書通りの部分転調と変拍子。
ここも実は、消費者には特徴となる違和感、それでいて歌手には苦労させない配慮がある。
メロ自体は単純で、ドレミファソファミ、的な動き(厳密には違うが)。
メロの相対位置1234543
伴奏の相対位置436546*51
  • ※メロ3=Ab
  • ※伴奏1=Ab
しかも、伴奏は8分音符だが、メロは4分音符と、伴奏を聞いてから動けるように間隔も広げてある。
リズムやコード進行は複雑だが、メロは誰でも歌えるように、それこそドはドーナツのドを歌う感覚と同じ構造。
そして、メロと伴奏が一緒に着地せず、メロが先にトニック(Ab)に着地した後に伴奏が続けて着地する対位法になってる。

構成

そして、2コーラス半の構成で、コード進行を使い回さない気遣い。
最後のサビで最初からして違う。
これはトニックAbの代替に過ぎず、別に難しいことをしてるわけではないが、こういう商品は、サビの最後で少し代替などで変化をつけるか、ピアノやギターやドラムの簡単な変化で味付けして、コードは基本的にコピペが多用される。
6/8の後の着地も、サビ基本とは違うコード。
彼女はそこが過剰で、恐らく、コードを書くときにコードを書く意識が無くて、こういう事を面倒だとも思っていないんだろう。
それに、手抜きとは別に、コードを知ってると、知識と技術があるだけに、その様式にはめようとするのが人情だが、そこも無視してる。
文字の句読点をエクスクラメーションやクエスチョンマークに変えるくらいの手間、気軽さで簡単にコードを変えてしまう。
しかも、大サビ最後でトニック解決してるのに、そこからまたBb/Ab=II/Iとのぼって煽って着地。
どこまで走れば気が済むのかと。

彼女の作風は意図した軽薄だが決してうるさくもしょぼくもなく意味深に聞こえる伴奏
サビの派手さを保ちながら、強さは歌にまかせて、伴奏はフォルテじゃなくメゾピアノからメゾフォルテ程度、派手と強さは別の属性、要素だというのをしっかり理解してる。
コード進行とは別に、特にストリングスで顕著だが、だいたい4小節の枠で抑揚をつけるのが一般的だし、それは決して手抜きではない。
しかし、1m40sあたりのBパートや間奏、それに大サビあたりの抑揚など、楽譜に書いてあるのか、現場の口頭かわからないが、1小節単位や、へたしたら1拍感覚での抑揚の指示があったであろう揺れ。
それがf以上の強さじゃないから、耳障りではないし、それでいてちょいちょい跳躍の高音が聞こえるので思春期も大喜び。
しかも構成が……
1サビはストリングス無し(チェロはベース補強してる)。
2サビは得意の煽りから長音高音ストリングス、しかし歌が乗ってくると引っ込んでいく。
そして最後の大サビで、9thの泣かせ。

久々に彼女の仕事を真面目に聞いたが、彼女の作編曲以外にも演奏や録音も含めて、これを実現できるのは限られた人間と環境だ。
昔のパクリ問題や企画者の世代交代や加齢から、もう主流から外れたのかと思ったら、まだまだ依頼もやる気もあるようだ。

彼女は、音楽理論の教科書通り、順次進行とドミナント進行の派生(代替)、変拍子や転調もその延長に過ぎないのだが、読み書き算盤並の基本だけで、似たような派手軽快曲とは明らかに一線を画す仕上がりで、教科書だけでここまで戦えるのかと。
清純派シンセ軽快かまととポップスは家芸とは言え、部分転調、同主転調、変拍子、ドミナント進行のあらゆる代替(転回)、テンション多用の順次進行に対位法。音楽的に出来る事を全て5分間にぶっこんでる。
彼女が、まだまだ、やる気と気遣いに溢れてて、感動した。