2015年8月13日木曜日

「うらめしや 冥途のみやげ」展に行ってきた

8月11日。
「うらめしや~、冥途のみやげ」展 ―全生庵・三遊亭圓朝 幽霊画コレクションを中心に―に行ってきた。

場所は東京の上野。
東京藝術大学大学美術館

名目は1般的だが、内容は三遊亭圓朝関係の物であった。
帰りに購入した展示品写真集2300円を読んで知ったのだが、もともと三遊亭圓朝が幽霊画を集めていて、定期的に展示会があり、今回もその1つなのだそう。
三遊亭圓朝と言えば怪談 牡丹燈籠真景 累ケ淵を知ってるが、言えばそれしか知らない。
展示品写真集に書いてあったが、真景は明治期に流行った神経の変換なのだそう。
録音も無いようで当人の藝がどういうものなのかも知らない。

録音と言えば、今月終戦の玉音放送がWEBで1般公開されたが、1945年当時すら録音は特権で、明治末の1般客を対象とした娯楽の録音なんてあるわけない、と思っていたら寄席話芸のSPレコード曰く、三遊亭圓朝は、まさに録音販売が1般化した時代に生きていたのだが、どうして音声記録が無いのか。
藝歴はおろか経歴も知らないのでわからない。

1980年代にはカセットテープの手軽な録音が可能になったが、それでも娯楽としての音楽以外に肉声など当事者としての現場録音を日常的にやってた人がどれだけいたか。
パソコンとiPhoneの普及と同時にデジタル機材の安価など、2000年代でようやくいつでもどこでも誰でも録音するようになった。
そう考えると、個人による記録は、ここ10年程度でやっと浸透したとも言える。
映像はおろか、写真や音声の記録すら、ここ200年程度のものに過ぎず、それらが無い時代(状況)の現物が保持され展示される、というのは感慨深いものだ。
記録と言えば、今回の展示は禁止事項の注意書きに、撮影の禁止は当然ながら、ボールペンなど筆記具の持ち込み使用も禁止としていた。
実際には荷物検査などされずに、メモを取っていた人もいたが、展示品イチ覧が無料で提供されているとは言え、書記を禁止とは中中どうして。

無知の動機

三遊亭圓朝や展示会の主旨なぞ知らずに、天気が良い日に気分転換で出かけたい……それだけが動機で東京で手頃な何かが何処かに無いか、と検索したらたまたま見つけたので行った。
今回に限らず、未知で興味対象も不明なのに行った強い動機を言えば、前述の感慨こそがそれ。

上野

快晴。
思えば、アメ横方面はたまに行くが、北西の上野恩賜公園は1度も行った事が無く、今日が初めて。

大河原邦男展

上野についたら大河原邦男展の関連がちらほら。








「うらめしや~、冥途のみやげ」展 ―全生庵・三遊亭圓朝 幽霊画コレクションを中心に―

上野恩賜公園に入ってから随分と歩いた。
漠然と上野に行けば近辺にある、程度の認識で、展示会や場所の名前を記録も記憶もせずに出てきたので、最初の看板を見つけるまで体感で長かった。

これらは入り口ではなく、歩き抜けて目前の看板。

展示は2区間

展示は大まかに2つに別れて、まず三遊亭圓朝が所持していた幽霊画24枚と、当時のビラ、使用していた道具の1部。
そして、歌川国芳葛飾北斎など有名所の皿屋敷や四谷怪談やら。

展示区間1

幽霊画24枚
物にもよるが、縦100cm横50cm程度で、2:13:1前後の長方形。
東西を問わず絵は基本的に長方形だが、この判型というか、ここまで極端な縦長方形は珍しく、この様式に名称は無いのだろうか?
展示品脇の解説や展示品写真集には紙本墨画絹本彩色など素材と手法、また描かれている対象幽霊画という名称はあっても、下地となる紙や絹などの形大きさに対する名称が見られず悶々とした。
単位を基準に縦は自由という考え方だったのだろうか?

現物は大きい。
この大きさを見られるだけでも来た甲斐があった。
既に書いたが、入場1100円せずに展示品写真集2300円を買えば、日時の入れ替えで見られない展示品も写真で見られて充分なのだが、5000cm2以上の現物は、こういう場でなければ経験出来ない。
日常的な面では充分に大きいと感じるA4ですら630cm2程度。
幽霊画5000cm2A1に相当
ちなみに、展示品写真集はA4相当だが、縦がA4より小さく横が少し大きい変形A4。
判型の名称を知らない。

当時のビラ

三遊亭圓朝の手書き物や、出版物も展示されていたが、基本的には縦書きで、副題や名字などは右横書きの物もあった。
「田邉尚雄」展に行った時も、彼の日記は本文が右縦書きで、日付だけ右横書きだったが、縦書きと横書きが混在してる場合に右横書き1字1行が時代を感じさせる。

横書き登場曰く、日本におけるアラビア数字や外国語外来語と併用しない意匠としての特殊性も無い厳密な右横書き2字以上1行は無いらしいが。
当然ながら、展示品の脇にあった解説文は、左横書きと右縦書きの併用であった。
これらを見比べるのもまた面白かった。
読み始めと読み終わる進行方向という意味では、現在の併用のほうがおかしいのだが、現代人の自分には左横と右縦のほうが読みやすい。
合理とか正誤じゃなく習慣や教育の長期的な損得を実感。

夏目漱石琴のそら音三遊亭圓朝の影響を明らかに受けたものとして書いているらしいが、田邉尚雄夏目漱石に学んだ時期があり、田邉尚雄三遊亭圓朝は面識が無かったと思うが、漠然とした時代認識で人名を目にした時に頭でつながったのが面白かった。

江戸時代幕末から明治初期の印刷の知識が皆無なのだが、どこまでが印刷でどこまでが手書きなのだろうか?
三遊亭圓朝の著書で明らかな活字もあれば、ビラなどは20cm2程度の江戸文字もあれば、1cm2程度のくずし字が併用されていて、印刷と手書きの判断が自分にはつかなかった。

The West Wing - Allison Smith

何かの展示会を見るのは、年に3回程度なのだが、自分は個々を長く見て1周りで終わりじゃなく、個々をそこそこ1周りを早く切り上げて小休止後に周回、という見かたを好む。
結局は行けなかったが、大好評だった鳥獣戯画は、故に見て歩く時間に制限があったようで、中中に難しい。

以上の理由から、1度は飲食をかねて休みたくて地下2階の展示場から地上2階にあった喫茶店へ向かったが、入り口の脇にあったメニュウを見て驚いた。
珈琲が1杯500円で、食事が1食1000円以上。
思わずレオと行った店の珈琲の値段が6ドル50セントで驚いたマロリーThe West Wingが脳内再生されて、その場で笑ってしまった。
結局は入らず、3階の休憩所でだらっとしてから見直した。

蚊帳の前の幽霊

幽霊画で印象に残ったのは鰭崎英朋蚊帳の前の幽霊」。
他の幽霊画は、絵柄に隔世を感じて、故に楽しめる理由でもあるのだが、これはパッと見で美人絵に見える。
1906年明治39年の作品なので、展示品の中では後期。
見てる現在からも近く、ある程度を共有できて当然なのだが。
不思議に、相対的に後期(近い)と認識すると、100年以上前でも現代的と認識してしまうのが面白い。
8月11日の展示は24枚だったが、展示品写真集のイチ覧では50枚が書いてあった。
日程を4分割の展示なので、単純に全部を見るには4回で4400円。
展示品写真集は2300円なので、現物という条件を外せば3400円で全部を見られるのも、良心的。
約180頁でA4サイズでフルカラァだし、アイドル写真集もこれくらならもっとぽんぽん買うのに。
とりあえず茅野愛衣と上坂すみれは2冊目を早く。種田梨沙と吉岡里帆は1冊目を早く。Rachel WeiszChloe Moretzも取材の断片じゃなく、ちゃんとした1冊を。

展示区間2

前述の通り、歌川国芳葛飾北斎など有名所の皿屋敷や四谷怪談やら。
他には、立体怪談の一龍斎貞水のDVDが無料再生されていたり、能面や屏風絵もあった。
皿屋敷と四谷怪談は既知だが、東山桜荘子を知らなかった。
特に歌川国芳が幾つか描いていたらしい。

今回に限らず、これら江戸期の絵を見ると、当時どこまで怖いという認識だったのだろうか?と思う。
というのも
神谷伊右衛門 於岩のぼうこんとか、男が笑っているようにしか見えない。

月岡芳年「墨染桜」

今回の展示品で1番に良いと思ったもの。
月岡芳年「墨染桜」
面積およそ2304cm2なのだが、描かれている絵が小さく、距離をとって見る展示会では苦しかった。
写真の右から2番目

1878年明治11年+6年程度の作品らしく、これも展示品では現在に近く、蚊帳の前の幽霊と同様に物珍しさというよりは、今でも通じる様式という事か。

展示品の1部が絵葉書で売られていたのだが、残念ながら墨染桜は無く、幾つか良いと思った絵の何かでも無いか、と探していたら、展示品写真集を見つけて、それを購入。
概要の本はあるだろうと思っていたが、網羅したものが売られているとは思わなかったので、迷わず購入。

当日に見られず、無料の展示予定イチ覧にはうぶめの名前もあり姑獲鳥の夏厨としては是非見たいと思ったら展示品写真集にちゃんと掲載されていて良かった。

他に現物では於岩ぼうこん
これは今でも通じる構図などで、ジョジョ的だなと思った。

現物は見られなかったが、写真だけでも見られて良かったのは、月岡芳年「魁題百撰相 菅谷九エ門」
そう言えばうぶめ月岡芳年であった。
自分には合うのかも知れないので、これを機に月岡芳年の画集を買うのもありかも知れん。
逆に言えば、自分に限れば、どうしたって現代的な物を優先して好評の価値観であるのだろう。
隔世も魅力、価値ではあっても、どうしたって色物として見てしまう。

話が逆行するが、展示区間1で歌川国歳「こはだ小平次」があり解説文で「展示品の中では珍しくが題材」といった事が書かれていたが、読む前から本当に女ばかりだなと感じていた。

既に削除されてオリジナルの情報も書かれていないので元ネタがわからないが、日本のホラーでは日本の男女格差を埋めるための民意だとかそういう分析をしていた。

実際のところ、今の萌えと何が違うのだろうかとも思う。
1部は女の本音を担い、しかし基本的には男による偶像の女であり、善悪の立場はともかく、生身は男で幽霊が女。
この礼賛とも差別とも言える女の扱いは、これからも日本の娯楽的な基礎として続くのだろうが、当時の女がどのようにこれらを扱ったか。
美人論では江戸期は家柄生まれが重要で「美人は顔だけ中身皆無なので嫁にするな」が主流であったと書いてあった気がするが、社会的な女の立場と、女の敵は女が1致して、つまり女肯定も女否定も女の本音として成り立ち、その結果としての四谷怪談的な女幽霊の主流なのかね。
これは現代作で比較は無意味だが、丁度1箇月前7月11日【柳家喬太郎】独演会に見た鬼背参りも、そういった男女慣例を自覚しながら作られたもので女が異形だった。
大きな達成よりも小さな不満を優先する女的傾向を男女が無意識に自覚している発露と言ったところか。
いつだか、国を擬人化したら日本はくそめんどくさい女、みたいな記述があり笑った事があったが、幻想や自己陶酔など形はどうあれ、日本が資本主義経済の消費とは別に、女礼賛を男女ともに基礎としてるというのが何に根ざすのか。
少なくとも男のほうが女を偶像にするのは容易だし、需要としての女はこれからも尽きないだろうし。

おまけ