2014年7月7日月曜日

【ゼロ・グラビティ】面白いのに「残らない」のは「危機感が無い」から

ゼロ・グラビティを見た。

面白い。
面白いのだが、見て良かったと思わなかった。
理由は、色んな要素が輻輳した結果危機感が無いから。

ヒューゴの不思議な発明と同じく編集でごまかしてるけど長回し1カット風の映像は映えるね。
障壁を通過するカメラ演出も生きている。
宇宙空間に放りだされたサンドラ・ブロックの姿を見せるのじゃなく、サンドラ・ブロックの1人称でぐわんぐわん動く宇宙空間が見える映像はFPS的で良い。
最近の作品にはFPS演出が増え過ぎという否定論もあるが…。

基本的にサンドラ・ブロックが見えないものは観客にも見えない、3人称で撮っているのに性質は1人称なのは凄く良い。
地球側の場面を見せず、音声だけで存在を示す演出はBuried(リミット)と同じ。
というか目指すものが近いので、本作を見ながらずっとBuried(リミット)を思い出していた。

宇宙が合成映像とわかっているから全然燃えない。
レ・ミゼラブルと同じで、役者や撮影の苦労が作品の仕上がりと乖離している。

危機感と言う意味じゃ、サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニの時点で見せ物感が半端なく、どうせ酷い目にあわないだろうとわかっているから全然ドキドキしなかった。
喜びに感動したい人には本作のほうが良いと思う。
そこがBuried(リミット)とは違う。
Buried(リミット)ゼロ・グラビティ製作費の1/40だが、それを逆手に取ったレンズを駆使した撮影と閉鎖的な演出で、ドキドキどころか苛苛するほど危機感があり、風刺もあって落ちもきいてる。
自分は最初ゲームのような落ちを予想してたので、やられた。

生死の間で大事な人を思うのはわかるけど「愛」を持ち出すと途端に白けてしまう。
プラネテスもだが、どうして宇宙はド直球「愛こそ全て」になってしまうのだろうか?
最後のサンドラ・ブロック「Thank you」もくどい。
ドラマが余計だったと思う。
序盤の会話で設定を匂わせる程度で、ひたすら宇宙空間における生死をわかつ行動を描写してたほうが良かった。
終盤でジョージ・クルーニと再会するところは「うげえ」と思ったが、まさかああいう演出だったとは。あそこはまんまとやられてすげえ笑ってしまった。
中盤以降サンドラ・ブロックのだらしない体は良かった。

WOWOWぷらすと【映画の音楽 劇伴が知りたい】lv167576251において、ついにポストHans Zimmerの時代が来たと言われていて楽しみだったが、それほどの何かを見出せなかった。
曲よりも使い方。
宇宙空間における破壊音が響かないがどんどん壊れる様が凄く良い演出で恐怖を煽っているのに、音楽が破壊場面にあわせて鳴りまくっているので空間演出が台無し。
OPとED以外は曲無しのほうが面白かったかも。