ソシャゲやってる女性プレイヤーに言いたい
https://anond.hatelabo.jp/20231119215105
女性の文章は、『万人』に『わかりやすく』『簡潔』に『系統立てて』書いてない。
https://anond.hatelabo.jp/20231120220850
一般に女の方が言語能力が高いとされているが、例えば京極夏彦「絡新婦の理」で論理的な説明の時点で「男性的である」と言った主張があり、それに全く同意した。
結局は目的の違いで発露の形が違うので、単純に言語能力の優劣は語れないのだろうと思う。
上記のリンクでも女の文章の利点も書いてあるし。
以前に何かの記事で、オタク分野の消費は、男向けの商品は男女両方が買うが、女向けの商品は女だけが買う傾向がある、というのを見かけた。
その記事の結論は、女の方が柔軟性があるから、としてあったが恐らく違うと思う。
男は男女で共有可能な普遍的な要素が強く、女は女の肉体や個人の思い込みに依存した要素が強く性別で限定されるからではないかと考えている。
ただ、文章とは異なるが、例えば作詞なんかは女の方が多く女の方が男女に売れている気がする。
明確な統計はないけれど。
追記で以下。
http://gendainihongo.sakura.ne.jp/gendainihongo/wp-content/uploads/2019/04/16号%EF%BC%8F女の文体・男の文体.pdf
以下引用。
「おしゃべり」には必要以上にことば数が多いという意味も ある。女は公的なテーマであつても、半数が個人的事情に触れている。男で はこれは2割にすぎない 〔→表2〕 。公的なテーマのばあい、文章の意図は 抗議や要求、見解の表明などなのであるが、必要なことだけを述べるとすれ ば個人的事情まで述べることはない。つまり、個人的事情に触れた部分はい わば余分というわけで、これを「おしゃべり」ととらえることもできる。し かし、この余分は文章に具体性を与え説得力をもたせる。男の文章が多く抽 象的で無味乾燥なのに比べ、女の文章が具体的で読み手の興味をひくのはこ の「おしゃべり」のおかげである。
女の文体が「おしゃべりである」というのは、前者の意味では的外れであ るが、後者の意味ではあたっているといえる。